盛岡冷麺のルーツをたどると、朝鮮半島のふたつの都市に行き着きます。平壌(ピョンヤン)と咸興(ハムフン) — それぞれの土地が育てた冷麺の物語です。
冷麺は、もともと「冬の料理」だった
意外に思われるかもしれませんが、冷麺は朝鮮半島北部で冬に食べられてきた料理だと言われています。オンドル(床暖房)の効いた温かい部屋で、キンと冷えた麺をすする — それが冬の贅沢だったのだとか。夏の定番になったのは、冷蔵技術が発達してからのことです。
平壌冷麺 — そば粉の上品な水冷麺
内陸の平壌で育ったのは、そば粉を使った色の濃い麺を、牛だしや大根の水キムチ(トンチミ)の澄んだスープに泳がせる水冷麺。淡く上品な味わいで、「最初は物足りず、三度食べると抜け出せなくなる」と言われる奥深さが身上です。
咸興冷麺 — でんぷん麺の力強い混ぜ麺
日本海側の港町・咸興で育ったのは、じゃがいもでんぷんの強靭な麺に辛いタレを絡めるビビン冷麺。エイなどの刺身をのせる「フェ(刺身)冷麺」も名物で、海の街らしい力強い食文化です。
ふたつが出会って、盛岡冷麺へ
この平壌のスープ文化と咸興の強い麺。ふたつの良さを受け継いで日本で生まれたのが盛岡冷麺です(詳しくは盛岡冷麺とは?、韓国冷麺との違いもどうぞ)。
物語を思いながら、一杯を
ふたつの故郷の物語を知ってから食べる冷麺は、また少し味わい深いはず。東京冷麺の冷麺(盛岡系)で、その系譜の続きをぜひ。
